8月15日は、終戦記念日。毎年お盆休みにも重なるこの時期は、街は全体的に静かになる。
最近、サッカーの日本代表もジーコからオシムに監督が代わって、長い夢から目が覚めた気がする。メディアを駆使した虚像のスター戦略エンタテインメントを楽しむのには、そろそろ飽きた。時代の流れは政治にも当てはまると思うのだが、こういった世間の雰囲気はちゃんと反映されるのだろうか? オシム語録の「世界のサッカーを追うのではなく、世界が日本のサッカーに注目するような日本人の特性に合った独自のスタイルを身につけなければならない」というのは、今の日本の政治、経済、文化、全てに当てはまる気がする。
戦後の日本はこれまで、自分の両親や祖父母にあたる、戦中〜戦後の世代の方々の努力の成果のおかげでここまで豊かになったが、それがこの15年で、破綻寸前の借金国家になってしまったわけで、いい加減この辺でしっかり夢から覚めて自覚していかないと、今後この国の暮らしはどうなってしまうのか全くわからない。想像しているよりもかなりヤバい状況になる可能性すらある。最悪の結果は再び戦争を選択する(させられる)ことだろう。
まずは、我々庶民は、「卑怯な手を使わずにひたむきに努力すること」を美学とするこの国の伝統を再認識することから始めなければならないと思う。トリックスターの末路は悲惨なものである。更にはそれをリーダーとしたチームの末路ははじめから敗戦が決まっているようなものだ。今、この国はその岐路に立たされているような気がする。



COMMENT